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3.3 メリットを考えるための3つの要件

メリットとは何か

前節で、肯定側は論題を採ることの利点をメリットとして主張するということを説明しました。では、「論題を採ることの利点」とはいったい何でしょうか。もう少し具体的に考えてみます。

ここで「日本は死刑を廃止するべきである」という論題を考えてみます。この論題における肯定側は、死刑を廃止することの利点を説明しなければなりません。それは例えば「死刑を廃止すると冤罪による無実の人間が殺されることがなくなる」ということだったり、「死刑を廃止すると自殺願望から死刑を望んで犯罪を犯す人がいなくなる」ということだったりします。

ここで、前者の「死刑で冤罪の人が死ななくなる」という議論を取り上げて考えてみましょう。これが「論題を採ることの利点」というためには、そもそも「冤罪の人が死ななくなる」ということが論題の採用によって本当に起こるのだということを示す必要があります。死刑を廃止しても冤罪の人が殺されてしまうようでは、問題は何も変わりません。
しかし、もっとよく考えてみると、そもそも現在において「冤罪で無実の人間が殺されている」という問題がないのであれば、これがなくなると叫んだところで意味はありません。つまり、論題の採用(死刑廃止)が今求められている、すなわち論題が採用されていないことによって生じている問題が存在しているということを主張しなければ、メリットの起こる余地があるとはいえません。
以上のような点を示したとしても、それが「利点」であるというにはまだ早いというべきです。なぜなら、「無実の人間が殺されなくなる」ということが本当に利点なのか、利点だとしてどのくらい大きな利点なのかが分からないからです。常識的に考えて無実の人が殺されなくなることは良いことですが、問題は「死刑を廃止したときにもしかしたら増えるかもしれない犯罪者と、それによって増える被害者(これも無実の人)」の問題――後で説明するデメリットとして主張されます――と比べたときにどちらが大切かということです。こういった要素を考え合わせても「論題を採用すべし」というためには、どうして利点であるといえるのか、それがどれだけ大切なことなのかを説明しなければなりません。

以上のような要素を説明してはじめて、論題を採用すべき説得的な理由としてのメリットを主張することができます。以下では、これらの要素をそれぞれ詳しく説明し、そこではいったいどのようなことを考えなければならないのかを見ていきます。

メリットの3要件:内因性・重要性・解決性

最初に、上の例を参考にしながら、メリットに必要とされる要素を簡単に説明し、その上で「メリットはこうやって説明する」という大まかな方法を示しておくことにします。

基本的に、論題を肯定する理由として肯定側が主張するメリットは「論題によって問題が解決する」という内容です。もう少し詳しく表現すると「現在、論題がないために深刻な問題が存在しているが、論題を採用すればこの問題が解決できるから、論題を採用すべきである」ということです。死刑廃止と冤罪の議論でいうなら「現在、死刑があるために無実の人が殺されているが、死刑を廃止すれば無実の人を死刑で殺すことがなくなるため、死刑を廃止すべきである」ということになります。

このような説明をするためには、3つの要件が必要です。第一の要件は「論題を採っていないために発生している問題がある」という内因性というものです。第二の要件は「その問題がとても深刻であり、解決が求められている」という重要性というものです。そして第三の要件は「論題を採用すればその問題は解決できる」という解決性というものです。
この3つの要件は、論題を採用していない状況を説明する内因性&重要性と、論題を採用した状況を説明する解決性の二者に分けることができます。メリットとは、論題によってこんなにも世界がよくなるんだ、という説明です。ですから、論題のない状況と論題のある状況の違いをいかにうまく説明するかが問題となってきます。

というわけで、これからそれぞれの要件を説明していくことにします。

コラム 〜メリットの構成〜
ここまでの説明は、メリットを「論題によって問題が解決される」という形で主張するというものでした。このような説明によって構成されるメリットを、問題解決型メリット(必要-プラン型メリット)と呼んだりします。では、そのほかにメリットを説明する方法はないのでしょうか。

他の説明方法としてよく挙げられるのが、目標・規準型メリットと、比較利点型メリットです。
目標・規準型メリットは、是非とも達成すべきである目標ないし規準があり、それを達成するために論題を採用すべきであると主張するものです。比較利点型メリットは、現状に特に深刻な問題があるというわけではないが、論題を採ることでよりよいシステムができるため、論題を採用すべきであると主張するものです。

しかし、上二者の構成については、両方とも「現状に論題が存在しない」という「問題」が存在すると表現することが可能です。目標・規準型メリットの説明は「論題がないために達成すべき目標・規準が十分に達せられないが、論題を採用すれば達成可能である」ということですし、比較利点型メリットも「論題がない現状にはまだまだ改善の余地があるが、論題を採用すれば改善可能である」というように言いかえられます。すなわち、両方とも特別の類型を設ける必要はなく、問題解決型メリットして考えてよいということになります。

実際には、どのような構成を考えるにしても、以下で説明する3要件はある程度必要になってきます。メリットを目標・規準型と言ってみたり、比較利点型と言ってみたりするのは、どの要件の説明に重きを置くかという違いの問題であって、本質的には同じことだといえます。ですから、本講座では問題解決型メリットの構造を中心に解説していくことにします。


内因性

内因性(inherency)とは「論題を採用しない限り解決しない問題が存在する」ということの説明です。これは、メリットとして論題によって問題が解決することを述べるための前提として「問題が存在する」ということを説明するための要素です。
また、内因性の意味するところは「論題がない限り問題は解決しない」という、論題が問題解決のための必要条件である(論題←問題解決)ということでもあります。これは、後で説明するカウンタープランとの関係で極めて重要な意味を持ってきますが、簡単に説明しておくと「論題以外の方法で解決するような問題だったら、わざわざ論題を採用する理由にはならないだろう」という疑問に答えるための要素だということです。

内因性を証明するために求められる要素は、さらに3つに分けることができます。
第一に、論題の存在しない状況(多くの場合は「現状」)に問題があるということの説明です。ここでは、問題があるということや、その問題がどうして発生しているのか(論題がないから…というのが望ましい)ということを説明することになります。
第二に、その問題がこの先も続くことの説明です。すぐに終わってしまうような問題であれば、論題を必要とする問題とはいえないからです。もっとも、100年後に終わってしまうので内因性は認められない…というようなものではありません(100年間続くことが問題であるといえる)。
第三に、その問題は論題以外の要素によっては解決せず、存続し続けるということの説明です。これは「他の方法で問題は解決できるから論題は必要ない」というカウンタープランの議論(後の節で説明)に対抗するための要素です。

もっとも、実際にはこの3つを完全に説明することは難しいですし、そこまで証明しなくてもメリットを認めることは可能です。肯定側が最低限証明すべきことは「論題を採用しない場合よりもよくなる」ということですから、問題が存在するということを示せば一応は内因性の証明がなされたと言えます。もちろん、きちんと証明されればメリットは説得力を増すのですが、限られた時間でそれを行うことはかえって他の部分の説明を手薄にする恐れもありますから、バランスを考えなければなりません。

本当に大切なことは、内因性を説明することの意味です。実際の試合では、内因性の議論は、後で説明する解決性の証明を考える際に役立つことがあります。解決性というのは「論題によって問題が解決する」ということですが、内因性の部分で「どうして問題が起こっているのか」ということをきちんと示しておかなければ、論題(プラン)の効果が問題に対して適切なものであるか判断できないことがあります。内因性を丁寧に説明するということは、論題の効果を説明するためでもあるということを意識すると、よいメリットを考えることができます。

コラム 〜現状で論題が採用されつつある場合はどう考えるか〜
時々、政府が将来論題を採用するという場合があります。例えば、炭素税(二酸化炭素排出削減を目的にして炭素の排出に課される税金)を導入するという論題について、環境省が炭素税の導入を計画しているという場合があります。
この場合、否定側から「現状においても論題が採用されるので、論題を採用する必要はない。現状維持の否定側でもメリットは得られるからだ」という主張がなされることがあります。このような主張は正しいでしょうか?

正解は「間違っている」です。こうした議論は、内因性を誤解したものとして「擬似内因性」と呼ばれたりします。内因性で説明することは「現状では解決しない問題」ではなく「論題がないと解決しない問題」であって、議論の対象はあくまで「論題のない世界vs論題のある世界」です。つまり、論題を採用しつつある現状というものは、否定側の支持できる立場ではないということです。否定側はあくまで「論題を採用しない世界」を支持しなければならないのですから、上のような反論は自爆になったとしても、否定側を利する議論にはならない(内因性を否定するものではない)のです。

要するに、現状維持ということは「『論題のない』現状のまま」という意味であって、「現状の政策方針そのもの」ではないということです。ここからは、否定側は時に現状に対抗する立場を採る必要がある、ということが分かります。あくまで「論題を肯定するかしないか」がディベートの争点であるということを忘れないようにしなければなりません。


重要性

重要性(significance)とは「内因性で示された問題を解決することが重要である」ということの説明です。言いかえれば「内因性で示された問題は解決が必要とされるほど深刻である」ということです。内因性で示された問題はそれ自体「よくない」と思われることが多いのですが、ディベートにおいてはその問題点を掘り下げ、なぜ「よくない」のか、どの程度「よくない」のかをきちんと示さなければ、説得的な議論にはなりません。

重要性を考える上で大切な発想方法は「で、それが何?」という疑問を持ち続けることです。例えば、「環境破壊はよくない」という主張について「どうして?環境破壊がなぜ悪いの?」と疑問を投げかけてみてください。その答えとして「環境破壊は動物を絶滅に追いやる」と出てきた場合、それにも疑問を投げかけましょう。そこから「動物を絶滅させる権利は人間にはないから」という答えに対しても、「そうとは限らない。そんなこと言ったら殺虫剤とか使えないし、肉も食べられないじゃん」という疑問を投げかけられます。
こうした疑問を投げかける中で、どこまで説明すれば説得的か、逆に言えばこの程度の説明では「重要だ」と説得的には言えない、というところを考えてみてください。そして、内因性で説明した問題について、どうしてそれがよくないのかを示すことができれば、重要性が示されたということができます。

このような重要性の具体的な説明の切り口としては、いくつか代表的なものがありますので、少し紹介しておきます。
まず、重要性の「量」という観点があります。どれだけ多くの対象が被害を受けるのか(○×町の住民2000人か、世界中の人間か…など)ということや、被害額などがこれに当たります。ただし、量が多ければ多いほど問題が深刻であるということが常に言えるわけではありません。例えば、日本中の全員に被害が均等にいきわたるより、特定の人間にだけ被害が負わされる方が問題であるという場合もあります。
次に、重要性の「質」という観点があります。これは、問題によって侵害される対象の価値を問題にするものです。人命が失われるのか、それともお金の問題なのか、精神的自由が侵害されるのか…ということです。これについてはある程度共通の見解もあるでしょうが、それが必ずしも自明でないこともあります(人命は何よりも尊いと言いますが、自由のない人生なら死んだ方がましだという人は少なくないでしょう)。また、同じ価値でも、置かれた状況や文脈によってその意味は変わりうるものです。ですから、質の大きさを説明する場合は、なぜ「その場合に」それが重視されるべきなのかを説明できるようにすると説得的です。
重要性においては、被害の起こる「確率」という要素も考えられます。内因性で説明した問題がどの程度確実に起こるのか、ということです。例えば、隕石が落ちてくるかもしれないという問題は、落ちればとても深刻ですが、落ちる可能性は非常に小さいと思われるため、確率の観点から「あまり重要な問題ではない」と結論付けることができます。
また、被害の起こる「時間の長さ」も問題となります。末永く起こる問題であれば、それは深刻な問題だといえそうです。しかし、量が同じであれば、短い時間に一気に問題が起こる方が被害が大きく、立ち直れない可能性もあります。時間の長さについても、それだけで重要性を説明しきれるというものではありません。

以上のほかにも様々な要素を考えることができますが、そうした要素を考え合わせ、問題の解決が重要である理由を説明していく必要があります。重要性を考えるということは、問題についての想像力を発揮し、それを的確に表現するということなのです。

解決性

解決性(solvency)とは「問題が論題の採用によって解決される」ということの説明です。ここまでで説明してきた「論題がないことによる問題点」が論題によって確かに解決されるということを言わなければ、論題を採用する理由にはなりません。

解決性は、ディベートの証明の中で最も難しいものの一つです。なぜなら、ディベートの論題は「今は採用されていない」ことが前提とされていますから、「論題を採用した未来」である解決性の議論は、どうしても予測的な内容を含まざるを得ないからです。
解決性を証明する手段としては、論題の実行による効果を説明することと、その補強として実際に論題によって効果が出たという例(海外で同様の政策が実施されている場合など)を示すことがあります。この証明は、論題(それを実現するためのプラン)の内容ときちんと対応している必要があります。つまり、論題に良く似ているけど本質的に異なる政策の議論をしたところで、メリットの解決性とはならないということです。

ここで「論題の実行による効果」は、2つの要素に分けることができます。それは、論題が本当に実行されうるのかという実行可能性(Practicability)と、論題が実行されたとしてそれが効果を持つのかという実効可能性(Workability)です。
これについての有名な説明として、「怪獣がやってきたのでウルトラマンを呼んで助けてもらおう」という例があります。ウルトラマンを呼ぼうとしても、そもそもウルトラマンは現実にいなかったり、別の場所で戦っているので呼ぶことができないということが考えられます。この場合、論題(プラン)には実行可能性がありません。そして、たとえウルトラマンがやってきたとしても、実はウルトラマンが弱かったり、怪獣がウルトラマンを超える強さを持っていた場合、ウルトラマンは怪獣に負けてしまい、助けてもらうことはできません。この場合、論題(プラン)には実効可能性がないということになります。
すなわち、解決性を示すためには、論題が確かに実行されるということ、そしてその実行によってきちんと効果が発生することを示す必要があります。多くの場合、議論の争点となるのは後者の実効可能性です。しかし、例えば「日本で死刑を廃止する」と言ったところで、もしかしたら刑務官が勝手に死刑を実行してしまうかもしれないわけで、そうなった場合死刑廃止は実行されない=実行可能性がない(乏しい)ということになってしまいます。否定側から反論があった場合、このような疑問に答えない限り、解決性が失われてしまうということです。

コラム 〜実行可能性とフィアット〜
解決性を示すためには論題の実行可能性を示さなければならない、ということを述べました。すると、このような疑問がわいてくるかもしれません。「肯定側は、その政策が実際に国会で可決されることまで証明する必要があるのか?」
ここまでを求めてしまうと、与党が反対しそうな政策は解決性がないことになり、多くの論題についてディベートが成立しなくなってしまいます。

そこで、ディベートでは「政策が実行に移されること」を仮定するという取り決めをします。それがフィアット(Fiat)と呼ばれるものです。フィアットは、肯定側の実施する政策が実行に移されるということを仮定します。ディベートでは論題の是非を考えるのですから、そのためには論題が実施された世界を想定する必要があるからです。逆に言えば、論題が実施されるかどうかを争うためにディベートを行うのではないということです。
ですから、与党が反対するとか国民が反対するとかアメリカが反対するといった事情に関わらず、その論題は実施されます。ウルトラマンの例で言えば、「いくら『アホらしい』という声があったとしても、とりあえず呼びかけをすることは仮定される」ということです。

ここで注意すべきことは、フィアットは政策を実施しようとすることを仮定するだけのものであり、それを超えて現実を変える「魔法の杖」ではないということです。つまり、ある政策は確かに実施されるかもしれませんが、それによって与党が反対するという事実は変わりませんし、反対勢力がテロを起こすのだとすれば、そのテロはフィアットによってもなくなりません。また、現実的に不可能な政策(タイムマシンで過去に戻ってバブル崩壊を食い止めるetc)は、いくら実施しようとしても無理なことであり、これがフィアットによって実施可能になるということもありません。

結論としては、フィアットによって論題から生じる問題点(デメリット)がなくなるわけではないし、不可能な政策が可能になる――実行可能性が補われる――ことはないということです。


最後に、解決性は内因性で論じた問題と対応している必要がある、ということに注意する必要があります。
これは具体的にいうと、解決性は内因性の内容と逆のことをいう必要があるということです。内因性で「環境破壊が起こっている」というのであれば、解決性では「環境破壊がなくなる」とか「環境破壊が抑制される」という主張をしなければならないということです。そうでなければ、内因性でその問題を取り上げる意味がありません。
この関係で、内因性であまりに大きな問題を取り上げると、その分だけ解決性の証明が難しくなるということも覚えておいてよいでしょう。内因性はいわゆる「論題によって乗り越えられるべき壁」ですから、あまり壁を高くしすぎると飛びにくくなる(その代わり飛んだときのインパクトは大きいけど…)ということです。


以上がメリットの3要件です。こうした要件を満たしたメリットの具体例は、議論の作成方法を説明する部分で紹介します。とりあえずここでは、「メリットは問題が解決されることの説明である」というイメージをつかんでもらえれば十分です。

3.4 デメリットを考えるための3つの要件

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