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3.4 デメリットの3要件

デメリットとは何か

前節では、論題を肯定する理由であるメリットの説明方法を紹介しました。これに対して、論題を否定する立場の否定側は、メリットとして挙げられている「論題を肯定すべき理由」を攻撃して否定することになります。
しかし、肯定側の挙げた理由を攻撃するだけでは、説得的に論題を否定することはできません。メリットをゼロにすることは難しいですし、論題を否定する立場としては、「なぜ論題を否定すべきなのか」という理由を積極的に出すことが望ましいです。そこで、否定側の立場からは、論題を採用することで発生する新たな問題を指摘し、論題を否定すべき理由として主張することが求められます。これをデメリットといいます。

論題によるデメリットとして主張されるからには、その問題は論題によって生じるものであること、すなわち「論題がなければ発生しない問題である」ということ(固有性)を説明する必要があります。その上で、論題の採用によって新しい問題がどのようにして起こるのか(発生過程)を示す必要があります。そして、その問題は論題を否定する理由として考慮すべき深刻なものである(深刻性)といえなければなりません。以上の3つが、デメリットを説明する上で必要な要件です。

このように見ていくと、デメリットの3要件はメリットの3要件と対応していることに気づかれることでしょう。これは、メリットでは「今ある問題が論題によって解決される」ということを説明しているのに対し、デメリットでは「今存在しない問題が論題によって発生する」ということを説明することになり、ちょうどメリットと裏返しになるからです。
従って、デメリットを考える際には、メリットで説明した内容と対応させて考えることで、簡単に理解することができます。具体的には、これから説明する固有性は内因性と、発生過程は解決性と、深刻性は重要性と対応しています。この対応関係は反論を考える際にも大きなヒントとなるのですが、ここではデメリットの要件として以上のポイントを見ていくことにしましょう。

固有性

固有性(uniqueness)とは「論題を採用しない限り問題は発生しない」ということの説明です。これは、論題が存在しない状況を支持するとともに、デメリットとして述べる問題が「論題のせいで」発生するということを示す要素です。
論題を採用しなくても発生してしまう問題は、論題の採用とは関係ありません。つまり、そのような問題をいくら主張したところで、論題を否定する理由であるデメリットとは言えないのです。

固有性の考え方は少しややこしいので、少し例を出して説明してみます。例えば「原子力発電所を廃止すると石油の消費量が増え、40年後には石油が枯渇して産業が成り立たなくなる」という主張(原発廃止の論題におけるデメリット)を考えてみましょう。原発がなくなれば、その分火力発電による発電量が増え、石油の消費量は増えるでしょう。そして、それによって石油が枯渇してしまうかもしれません。しかし、この問題は原発を廃止せずにいたら発生しない問題であるかといえば、そうとはいえないでしょう。石油は発電以外でもたくさん使用していますから、原発を使い続ける今のままでもいつか石油は枯渇すると考えられます。すると、「原発廃止で石油が枯渇する」という主張は、実は論題を否定する理由としては不適切であるということになります。
このような場合、石油枯渇のデメリットには固有性がない、ということになります。もっとも、完全に固有性が否定されたというわけではなく、原発廃止で石油消費量が増えた分だけ枯渇する日が早くなるため、その分だけデメリットは発生するということができます。原発廃止で余計に消費してしまう石油量が世界の1年分だとすれば、上のデメリットは「新たに生じる1年分の枯渇については固有性がある(デメリットと評価できる)が、残りの枯渇は固有性がない(論題を否定する理由にはならない)」というように評価できます。

こうした固有性を説明する切り口として、3点紹介しておきます。以下で紹介する説明方法は、メリットの説明など他の部分でも応用可能です。

第一に、デメリットで論ずる問題は論題の実行によってより加速される、という説明があります。この場合、現状でも同じような問題は起こっていることは認める一方、論題によってその問題がより大きくなると論じることになります。
例としては、試験前に遊びに行くことのデメリットとして試験でひどい点数を取ってしまうことを問題にするとき、試験前に遊びに行かなくても試験で失敗することはありうるのですが、遊んでしまい勉強時間が減れば減るほど、試験で失敗するリスクは大きくなります。論題の方向性に行けば行くほど問題は大きくなるのですから、この場合デメリットは論題を否定する理由になります。このような形で固有性が説明されるリスクを「線形的増加(linearity)のあるリスク」と呼びます。
ただし、こうした説明の場合、大きなデメリットを説明することは難しいことがあります。なぜなら、論題が採用されない状況との差を明確に示すことはできないからです。上のテスト勉強の例でも、遊びに行かないところで試験に失敗する可能性はあるわけですから、結局のところ「デメリットは大きい」ということを説明するには、論題を採用しない場合に試験に成功する可能性が高いことを示す必要が出てきます。そうすると、後で紹介するような説明方法を採ることになります。

第二に、特定の影響がある一定の値(しきい値(threshold))を超えると一気に問題が発生し、論題の実行はそのしきい値を超えるような影響をもたらすという説明です。この場合、ある問題について分かれ目となるしきい値が存在することを示した上で、現状はしきい値を下回っているが、論題を実行するとしきい値を上回り、問題が発生してしまうということを論じることになります。
例としては、新しく借金をする会社のことを考えることができます。その会社の売り上げによって返済可能な金額(しきい値)までは、借金をすることは許されます。しかし、その金額を超えて借金をしてしまうと、金利が膨らんで返済不能になり、いずれ会社は潰れてしまいます。このような考え方から「この機械を買うと返済可能な金額を超えて借金することになってしまうのでよくない」というような議論が可能となります。
このような説明方法は、論題実行前と実行後の違いを明確に出すことができるため、固有性を分かりやすく示せるとともに、後で述べる深刻性の説明においても大きな議論を出しやすくなります。しかし、説明すべき点が多いこと、とりわけしきい値を超えるような影響を説明することが難しいことから、実際の試合では相手の反論を受けて線形的増加のあるリスクとして再構成し、主張をギリギリの線で守る戦略が採られたりします。

第三に、現在は論題がないことによって問題の発生が防がれている(barrier)が、論題の実行でそのバリアがなくなり、問題が発生するという説明です。この場合、なぜ「論題がない」ことが問題を防いでいるのかという説明がポイントとなります。
例としては、死刑廃止という論題を採用しない(=死刑制度がある)ことにより、死刑を恐れる人間の犯罪が防がれているという主張があります。この場合、死刑廃止論題を採用することによって死刑というバリアがなくなり、犯罪が増加するというデメリットが発生するという説明が可能です。
このような説明方法は、現在存在する制度を廃止するという種の論題で使用しやすいと考えられます。その場合、別にバリアが存在する(例で言えば「死刑以外の刑罰でも十分抑止効果を持つ」など)という反論などに注意する必要があります。

以上が固有性についての説明ですが、基本的には、この要素は否定側から積極的に提出されることはありません。もちろん、固有性についてきちんと示された方が強力な議論になるのですが、わざわざ説明しなくても固有性が備わっているという問題であれば、デメリットとして提出する段階では特別な説明をしなくても大丈夫だといえます。もっとも、肯定側から攻撃があれば固有性を証明する必要があるというのは当然のことです。

発生過程

発生過程(linkage)とは「論題の実行によって問題が発生する」ということの説明です。具体的には、論題実行によってどのように問題が発生するのかを説明していくことになります。

発生過程を説明する際に最も重要なことが、論題実行による最初の影響(initial link)を説明することです。それを説明した上で、そこからどのような問題が起こっていくのかを順に説明していきます。発生過程の議論は、論題の影響を説明した上で、そこから問題の発生に至るまでの因果関係(リンク:link)を一つ一つ説明していく作業なのです。
なお、この「論題の影響と結果の因果関係」という考え方は、メリットの説明についても同様のことが言えます。リンクがきちんとつながっている議論で無ければ、説明としては失敗しているということです。

発生過程については、解決性と同様に予測的要素が強く、説明が難しい部分もあります。ここでも、同様の政策による例などを示し、説得的に論証することが求められます。

深刻性

深刻性(impact)とは「論題によって発生する問題が深刻である」ということの説明です。これは重要性の完全な裏返しであり、特に説明することはありません。

注意することがあるとすれば、それは固有性との関係です。固有性の議論は「論題を採用しない限り問題は発生しない」ということの説明でしたが、これを裏返せば「論題を採用しなくても発生する問題はデメリットとして評価できない」ということになります。これを実質的に評価するのは、深刻性の部分だといえます。
すなわち、「原発廃止で石油が枯渇する」という主張は、実質的には「原発廃止で石油枯渇が1年早くなる」というような形で評価されるべきです。そうなると、深刻性として「石油が枯渇すると大変なことになる」という議論を考える際には、「大変なことが起こる時期が早くなるだけで、大変なことが起こること自体はデメリットの深刻性ではない」というように考えなければなりません。このように、深刻性を説明する際には、固有性で説明できた「論題によって発生する問題」としての範囲を踏まえて説明する必要があるのです。

メリット・デメリットのまとめ

これで、論題の是非を考えるための基本的な考え方は説明し終えました。論題実行を必要とする問題はあるか(メリットの内因性&重要性)、それは論題によって解決されるのか(メリットの解決性)、論題実行によって初めて発生するような問題はあるか(デメリットの固有性&発生過程)、その問題は深刻なものか(デメリットの深刻性)という要素を考え合わせることで、論題を採用した世界と採用しない世界を比較検討することができます。

以上のような要素からメリットやデメリットを評価する際には、「メリット・デメリットが起こる確率」と「起こったときの影響の大きさ」の2つを規準に考えることになります。前者については、どのくらいの確率で問題が解決/発生するかを考えます。つまり、解決性や発生過程の評価です。後者については、問題が解決/発生した際にどれだけ大きな影響があるかを考えます。メリットで言えば内因性や重要性といった「論題によって解決されるべき問題の大きさ」であり、デメリットでいえば深刻性や固有性で表される「論題によって新たに生じる問題の大きさ」です。
この2つの要素を掛け合わせたものが、最終的なメリット・デメリットの大きさです。「掛け合わせる」というのは、両方ともが大きくない限り、大きなメリット・デメリットとは評価されないということです。いくら大きな問題だとしても、それが起こる確率がゼロだとすれば、そのような問題は考慮する必要はありません。説得的なメリット・デメリットを作るためには、どの要素も欠かすことはできないということです。


次の節からは、応用編として、論題を争う方法としてやや特殊な議論を説明することにします。慣れない方は、これは飛ばして次の章に行き、実際に議論を作る作業について学んでいきましょう。

3.5 論題とプランの対応を考えよう(発展編:Topicalityについて)
4.1 リサーチの目的

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